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6月9日(水) 神も仏も…
先週のことになるのだが、子供が同じ学校へ通っている近所の人に誘われてその人の家に遊びに行った。すると、いきなり宗教を勧められてしまった。宗教の話題はデリケートな問題だと思うのでここで書くべきか悩んだ。ただ、勧めた動機が私には納得のいかないものであり、今の私の状況は他人からはこんな風に見られている事もあるのだな、と思ったので書き留めておく。 まず、私の宗教に対する考えかたは、やりたい人はやればいいんじゃない、という程度のもので宗教をしている人に特別偏見もない代わりに、宗教をやりたいとも思わない。というより、何でも団体と名のつくものに属すこと自体が私は好きではない。
私はカトリック系の幼稚園へ通っていたのでキリストに親近感があるし、仏教にも興味があるし、お盆とお彼岸の墓参りも欠かさない。正月には神社へ行って拝みもする、ごく一般的日本人だと思っている。
その人とは―仮にSさんとする―道で会えば会釈する程度の知り合いだった。今年は子供の学校の役員を一緒にしているので会う機会も多くはなっていたが、これまで親しく話をしたことはなかった。それが、私を招き入れてお茶を出してくれると、自分の家庭のことなどをやたらと詳しく話し始めたので驚いた。自分の生い立ちから、親のこと、子供のことなど、普通ならあまり話したくないだろうと思われる内容の話だったので(親が失踪していたとか、子供が家庭内暴力をしていたなど)親しくもない私にどうしてそうした話をするのだろうと、あ然として聞いていた。それに続いて話し始めたのが、そういう悩みも宗教を始めてからみんな良い方向へ向かっているのよ、と言う言葉だったので正直、まずい処へ来てしまったと思った。
話がひと段落つくと、私に向かってSさんは、こう言った。
「ひとりでお子さんを育てるのって大変でしょう?お兄ちゃんはうちの子と似ているような気がして、なんだかずっと気になって見ていたの」
うちの子というのは、家庭内暴力をしていたSさんの長男のことなのだが、まるでそうなる前に一緒に×教に入りませんか、という口調だった。その話しぶりは母子家庭だから苦労をしているに違いない。子育ても女親ひとりでは、うまく行かないのではないか、という勝手な思い込みが前提になっているのだ。
ここでその宗教については詳しく書かないけれど、私は母子家庭というものが、一般的にまだ、そうした見方をされているのかという事に驚いたのだった。母子家庭になって、辛くて辛くて仕方ないと思ったことは今までに一度もないし、経済的な苦労など、精神的な苦痛よりずっとましだと思っている。飢え死にするほどの貧乏もしてないので、耐えられないほどの苦痛ではない。友達などには離婚して明るくなったとさえ言われているのだ。
確かに男の子を育てる難しさは感じている。思春期になって対処の仕様がなくなる時が来るかもしれない。非行に走らないとも言えない。だが、私の息子たちがそうなったとしたら、私は自分の責任だと思うだけだ。神様にお願いすれば子供が非行に走らないで済むとは思えないし、拝んで幸せになるなら、自分はいったい何なのか。神様任せの人生など送りたくないと思う。
信仰を持っている人は、それが生きる支えになっているのなら、その人にとっては良いことなのだろうから、文句をいうつもりもないが、何も相談したわけでもなく、困っているわけでもないのに、今の私たち母子を不幸のように決めつけられては堪らない。
丁重にお断りしたのだが、これからも顔を合わせなくてはならない人なので、正直言って気が重い。
私はいつでも自分の意思で行動してきたし、その結果の責任は自分だけが負えばいいと思っている。それが良い方に向かっても、結果的に失敗だとしても、誰のせいにもしたくないし、人に言われて失敗をして「あの人のせいでこうなった!」と考える方がずっと辛いと思うので人に相談はしても、決断は自分でする。そして、どんなに辛いことがあっても、それが一生続くわけではないと思うことにしているので、時間が経てば大抵のことは過ぎたこととして冷静に考えられると思う。
子供の頃から、人付き合いがヘタで、何事にもびくびくして生きてきた私だけれど、物事というのは悪い方へ考えると本当に悪くなってしまうのだと気がついてからは、強いて楽観的に考えるようにして来た。それに、たった4年前の私には離婚をして子供たちと三人で楽しく暮らせる日が来るなどと言うのは夢のような話で、実現するとは思ってもいなかった。それが実現した今、先のことをくよくよ考えるだけ無駄なことだと思うようになったので、それから結構吹っ切れたと思う。
話が違う方へ行ってしまったけれど、何かを心の支えにして生きていきたいのは誰でも同じだと思う。けれど私の心の支えは愛する息子たちだけで充分なのだ。それが言いたかったのでした。
6月8日(火) セクハラおやじ
昼休みが終って会社へ戻ると社長に別室へ呼ばれた。応接室に入ると、何やら妙に社長は緊張した表情である。何を言われるのだろう。社長が出掛けている時に会社を抜け出して買い物へ行ったり、私用を済ませていたのがバレたのだろうか。ひょっとしていきなり解雇されるのではないか、と心配になった。私が席に着くと社長はうへん、と咳払いをしてこう言った。
「うらんさんの席にあるパソコンのスクリーンセーバーね、あのセクハラがどうのっていうのは…何か私に対して言いたいことがあるんですか」へっ?スクリーンセーバーぁ?
そう言えば雑誌の付録に付いていたスクリーンセーバーを会社のパソコンに入れていたのだ。『スクリーンセーバーでセクハラについて勉強しよう』とか言うもので、上司と若い男女の社員が出てきて上司が言う事を例にして、こういうコトを言うとセクハラです、と解説が出てくるようになっている。しかし、そのスクリーンセーバーを私はこれまでじっくり見たことがなかった。
「社長、それが何か?まずかったですか」と私が問うと
「私がいない時にTさんやKさんに何かされたとか?」などと言い出した。冗談ではない。
別に何の他意もありません、と私が言うと「私は立場上、きっちりとしなければいけないから」と訳の判らないことを言って、その場は収まった。 それにしても、あんなスクリーンセーバーごときを気にして、午後一で出掛けるという忙しい時間にわざわざ他の社員の前で別室に呼んで問い質さないと気が済まないところをみると、よほど自分自身に思い当たるフシがあるのだと見た。
そりゃ〜社長が昼休みに毎日のように無修正の洋モノ画像をネットからダウンロードして、ひとりで楽しんでいたのは知っていますよ〜。それを全部消しておいたのも私です。だって、社長のお宝でディスクがパンクしそうになったのを私のせいにされたんじゃ堪らないものね。
「最近、ディスクが急に一杯になってきましたけど、何かインストールしましたか?」なんて。
でも、それは1年以上前のことで、その時はこのセクハラおやじが!と腹を立てていたけれど、今になって訴えようなんて思っていやしません。最近入社したKさんもあっという間に社長のお宝を発見してまた全部消したと言っていたのを聞いて「まだ、やっておったのかいな」と呆れていましたけどね。
お宝画像がいつの間にか無くなっていたので、バレたと思ったのかいな。でも、と〜っくに従業員全員が知っていたんですけどね。
うちの社内でセクハラしてるのは、アンタだけだよ!KさんやTさんを疑うなんて、一体どういう了見してるんだい!
ああいうものを今更見て、いや〜ん、H!などと言うつもりはないが、たとえ社長が大将の会社だとは言え、他にも従業員がいるのだし、他の社員も使っているパソコンで真昼間からアダルトサイトへ接続するような真似をしなくてもいいだろうに。
社長が出かけた後で呼ばれた理由の一部始終を隣のHさんに話して、二人で憤慨していたのは言うまでもない。
それにしても私がちょっとしたセクハラでびびるような女に見えたのかしら、とHさんには言ったけれど、よくよく考えたら社長は私に脅されたと思ったのかも知れない。どっちにしろ失礼な話である。
6月7日(月) 元夫婦
一昨日、タロが学校から帰ってくると、
「さっき団地の前でお父さんと会ったら今日遊びに来てもいいって言ってた」と言うので、いいよ〜行ってらっしゃいと答えた。時々向こうへ行ってくれると私も助かる。ゆっくり掃除もできると言うものだ。子供の父親はうちの目と鼻の先にある団地に住んでいるのだ。学校の通学路でもあるので土曜日などは父親とばったり会うことも多いし、駐車場に父親の車があったなどと子供たちが私に報告することもよくある。
ジロにもお父さんのところへ行くかどうか聞いてみると、友達と遊ぶ約束をしているからいい、と言って昼ご飯を食べるとさっさと遊びに行ってしまった。タロは、食事が終ったらすぐに行くのかと思っていると、ゲームをやり始めてなかなか動こうとしない。
「ねえ、約束したんじゃないの。行くのなら早く行きなさい」掃除をしようと思っていた私が苛々して言うと
「う〜ん、どうしようかなぁ。別に約束したわけじゃないんだけど…行ってもする事ないしなぁ」と、呑気なことを言っている。
子供たちは父親が近くに住んでいて、いつでも会えるという安心感からか、あまり離婚直後のようには父親の元へ行きたがらない。それとも、そろそろ父親離れの年になっているのだろうか。
そう言われると何だか父親が気の毒にも思えてきた。元々子煩悩な人ではなく、子供と一緒にいても何をして遊んでやったらいいのか判らないと言う人だから、子供が退屈するのも無理はないのだが。
ふと、子供が無くしてひとつだけになってしまっている家の鍵のことを思い出したので、タロに
「お父さんさぁ、ホームセンターに連れて行ってくれないかな〜」と、言ってみる。
「電話したらぁ〜」と、そっけない返事をするタロ。そこをひとつ、と頼み込んでタロに電話を掛けさせた。
こうして別れた夫にホームセンターまで車で乗せて行ってもらい、ついでに他の買い物も済ませてきたのだが、帰りに車がファミリーレストランの前に差し掛かると
「何か飲んで行くか?」と元夫が言った。すると、タロは
「いや、いい」と、冷たいひと言。これは思春期の端くれに差し掛かったのだろうか。内心訳もなく冷ャっとする。元夫が何となく気の毒になり
「私はちょっと小腹が空いたな〜」と、言ってみた。
何もそこまで気を遣うこともないのだが、昔の癖が抜けないのかつい気を遣ってしまうのだ。ハンバーガーショップへ入るとタロと彼はシェイクを頼んで、私はライスバーガーとコーヒーを頼んだ。そして私はさっさと席へ座る。料金は誘った方に払って頂く。その点はぬかりない。注文したものが運ばれてくると元夫はスプーンを取りながら
「俺、今ダイエットしているんだよ」と、言うので思わず大笑いしてしまった。ダイエット中でシェイクなど注文するか、普通。
元々体格は良い方だった彼は結婚してから順調に太り続けて一時期は「池中玄太」のような体型になっていた。会社の健康診断ではいつも中性脂肪の値が高くて要検査の知らせを持ち帰っていた。それが離婚の騒動で10キロ痩せた!と自慢していたのだ。別れて1年後くらいに話をした時も、せっかく痩せたのだから体型を維持するように気をつけている、などと言っていたのだが…。2,3ヶ月前に会った時にもちょっと太ったかな?と思っていたが今はまた中性脂肪値が上がり、肥満度129%になっているそうである。
体には気をつけて頂きたいものである。子供が18歳になるまでは養育費を支払う義務があるのだから。
元夫はシステムエンジニアをしていて、かつての同僚でもあるので共通の知人の話などをしていると、食べ終わったタロが「外で待ってる」と言って出ていってしまった。おかしなもので、結婚していた頃より離婚後ときたま会う方が元夫と話が弾む。二人きりで会う気などしないし、もう彼を男として見ることも、愛情が残っているわけでもない。敢えて言うならば、遠い親戚のような感じだ。ぎくしゃくせずに話ができるようになるまでには1年以上の月日が必要だったが、今こうして別れた夫と気楽に話ができるというのは、なかなかいいものだ。離婚あってこその妙で楽しい関係である。
6月6日(日) 釣りに行く
昨日タロが父親から釣り竿をもらって来たので、近くの川へ釣りへ行った。最初に降りた場所は水が濁っており、澱みがひどくて、とても魚など居そうもなかった。この川では時々釣りをしている人を見かけたので魚はいるのだろうと思っていたのだが、普段は通り過ぎるだけだったので、これほど汚いとは思っていなかった。
少し下流へ行って(なぜかそっちの方が流れもあって、きれいだった)河原まで降りて行った。誰もいない。
タロはさっそく釣り糸を垂れ、ジロはえさにする虫を捕まえると言って、河原の石ころをひっくり返している。
私はゆっくりと読書でもしようと思って3冊ほどの本を持参していた。
日差しが強く、風が少し強いものの外の空気の中で本を読むのは、いいものである。シートを広げて持参の座布団を敷いた。大きな石がごろごろした河原だったので座布団を持ってきたのは正解だった。
帽子を被って日傘を差して、日焼け対策も万全の態勢で、さて、『日本の女性史1』を広げた。前書きを読んでいるうちに、まぶたが重くなってきた。本を枕にしてちょっと横になる。ハードカバーの本なので枕にするには丁度いい厚さである。
びゅうびゅう音がするほど風が強いが、じっとしていても汗ばむほど気温が高いので気持ちが良い。こんなところで眠る事などできないだろうが、ちょっと横になって休もう。そう思って足を伸ばしたらあっという間に意識が薄れて行った。
カラスの鳴き声で目が覚めた。私の頭上で鳴いている。ひょっとして私を屍と勘違いして急降下してくるのではないか?ま、まずい・・・。慌てて飛び起きて、ニラミつけるとカラスはカーと一声、残念そうな鳴き声を残して何処へと飛んでいった。(そんなバカな…) 釣りの成果はゼロだったが、気持ちのいい休日のひとときであった。
帰宅すると、ジロが学校から持って来ていたトカゲのレイチェルが行方不明になっていた。家中をべそをかきながらレイチェルを捜していたジロが不憫である。泣くな、ジロよ。
6月5日(土) 夢
昨夜、夢をみた。
知らない家なのだが、そこは我が家で私は帰宅したところだった。
玄関に郷 ひろみと西城秀樹が立っていた。ただ、それだけ。
なんで野口五郎がいなかったのだろう・・・
6月4日(金) 歯の衛生週間
今日は、虫歯予防デーだそうだ。これから1週間は歯の衛生週間でもあるという。
私は子供の頃から現在に至るまで、虫歯には悩まされ続けてきた。甘いものが大好きで、歯磨きが嫌いな子供だったのだから、虫歯にならない方がおかしいと言うものだ。親も歯磨きについては、あまり口うるさく言わなかった。
小学生の頃は、毎年、歯科検診があると要治療の紙をもらって来た。
長男のタロを産んだ時に、何はともあれ子供の歯を虫歯にだけはしてなるものか!と思った。
今は赤ん坊のうちに歯ブラシに慣らすため、ゴム製の歯ブラシ?がある。それをとりあえず毎日口に咥えさせて、歯ブラシの感覚に慣れさせることから始めた。そして乳歯が生えてきてからは、ずぼらな私にしては頑張って、タロが自分で磨けるようになるまで毎日歯磨きをしてやっていた。
もちろん、ジロが産まれてからはジロにも同じことをした。
NHKの「お母さんと一緒」という番組で「歯みがきじょうずかな?」というコーナーがあった。ボニージャックス(たぶん)の歌に合わせて、3歳くらいの子供が歯磨きをする。1番の歌が終って2番になると(どっちも同じ歌詞)今度は母親の膝枕で磨いてもらう。それを私はビデオに撮っておいて、子供たちに真似させていた。
あの番組のおかげでタロもジロも歯磨きを嫌がらずにできるようになったのだ。
乳歯が生えてからは、歯医者へ連れて行き、歯にフッ素加工(とは言わないが)をしてもらった。歯の表面にフッ素を塗ってもらうのだ。これは何ヶ月かに一度やらなくてはならない。
ジロの時にはフッ素を塗ってください、と歯医者さんに言うと、今はフッ素よりいい方法があるのでそちらにしましょうと言われた。何と言う予防法なのか思い出せないが、歯科の待合室にポスターが貼ってあったので、どこの歯科でもやってくれるのだと思う。 それは奥歯の溝に透明な薬品をを塗って、歯の溝を埋めてしまうというものだった。虫歯になりやすいのは溝がある奥歯なので、この方がフッ素より効果があるそうだ。それは一度やると長持ちするらしく、それ以来ジロは歯医者さんでそうした処置はしていない。
そういうわけで、うちの子供たちには虫歯がない。
かといって、最近では二人ともそれほど真面目に歯磨きをしているわけではないのだ。今でも私がうるさく言わないと、特にタロはサボりがちで夜も磨かずに寝てしまうこともある。それなのに不思議と虫歯にならない。
そうした事を考えると、やはり乳歯の時の歯を大切にしたのが良かったのではないかと思う。それに最近こそは大目に見ているが、小さい頃は炭酸飲料やジュース類を家ではほとんど飲ませなかった。
日本人初の宇宙飛行士が話題になった頃だろうか、宇宙飛行士になる条件の中に『虫歯がないこと』というのを見つけて、私は子供たちに勢いこんで言ったものだ。
「お母さんが気をつけてやったおかげで、君たちは将来、宇宙飛行士にだってなれるかも知れないのよ!」
しかし、それに対するふたりの返事は「ふ〜ん」という冷たいものだった。
やれやれ、私が子供の頃は、宇宙飛行など夢の時代だったから宇宙飛行士になれるかも知れないなどと言ったら、大変な騒ぎになったろうに。今は男の子のなりたい職業NO.1は大工さんという堅実な(夢のない)時代だからねぇ。
6月3日(木) サッカーの思い出
今日、子供たちと『キリンカップサッカー’99』というのをテレビで見た。
私はあの赤き血のイレブンを生んだ浦和市の(赤き血…は、南浦和かも)出身なので、サッカーは判らないなりに応援している。Jリーグではもちろん、レッズだ。実家は駒場サッカー場の近所だし、浦和市は昔からサッカーは、盛んだった。
友達にはサッカーの腕前だけで進学したという子もいる。自慢にはならないけど。
私自身のサッカーの思い出といえば、こんな事があった。小学生の時に兄たちが通っている中学校の校庭で遊んでいる時のことだった。その中学は坂の途中にあったので、ふたつある校庭には高低差があった。(シャレじゃないってば)
私は下の校庭で遊んでいた。上の校庭の方で何かバンという音がしたな〜と思って境にある塀の方をぼんやりと見ていると、ものすごい勢いで何かが飛んできて私の顔面を強打した。私は後ろへひっくり返ってしまった。
目の前に星が飛んでいた。しばらくして塀の向こうから現われた中学生は笑いながら降りてきた。そして私の顔面にパンチを食らわしたサッカーボールを拾うと、まだ笑いながら上の校庭へ戻って行ってしまったのだった。
死ぬほど悔しかったのを今でも覚えている。
6月2日(水) 古畑任三郎
夕べ子供たちと、テレビドラマの『古畑任三郎』を見た。
昨夜の『古畑…』では、西村雅彦演じる今泉クンが、瞬間接着剤を間違えて手につけてしまい、それがあごにくっついてロダンの「考える人」のようなポーズになってしまうという場面があったのだが、テレビを見終わってジロはしきりと今泉クンのことを心配していた。
「あれは、くっついたフリをしているだけでしょ?」 そこで素直に教えてやらないのが私の悪い癖である。
「う〜ん、でも撮影に時間かかるだろうから、ずっとあの格好をフリでしているのは大変だろうから、やっぱりアロンアルファか何かでくっつけたんじゃないかな」
ジロはしばらくじっと考えていたが、やがてきっぱりとした調子で言った。
「今泉クンって、大変な仕事だね!」
・・・この楽しみがあるから、母親はやめられまへん。
それにしても、『古畑…』はユニークなドラマだと思う。悪ふざけが過ぎると思う人もいるようだが、私はこの手のドラマは、わりと好きだ。もう10年くらいやっている事を、先日何か別の番組で知ったが、そういえば最初に『古畑…』を見たのはずいぶん前だった。 自慢じゃないが、私は初回から見ていた。そして友達に話しても見てない人が多く、こんなに面白いドラマをどうして誰も見ないのだろうと思っていた。最初のシリーズは、あっという間に終わってしまったので(そんな気がした程、面白かったということか)やはり視聴率が悪くて早々に終了してしまったのかと思っていたのだ。ところが、いつの間にか大人気。
ところが人気がでてきた頃、私は離婚前後の落ち着かない時期だったので、最初のシリーズを見たきり、今回のシリーズが始まるまで、『古畑…』を見ていなかった。去年の暮にスマップと競演のスペシャルを見てから、かなり期待していたのだ。
昨夜の話の中で思わず笑ったのが、正和サマが今泉クンに「ロダンの考える人って裸足だったっけ?」と言うと、今泉クンが「さあ…でも、ノバのやつは、確か裸足でした」と答えるシーンだった。
私も今泉クンと同じことを想像していたのだが、もしかすると日本人の半数くらいが、ロダンの「考える人」というとノバのCMを思い浮かべてしまうのではないだろうか。
今、ちょっと気になるのは「ある時は喫茶店の店員、ある時はファミレスの店員…」で名推理を(というより見ていたように犯人を当ててしまう)謎の男性だ。あの人はなかなか味のある顔をしている。一度見たら忘れられないタイプだ。
ところで、ジロの前で私が古畑の真似をすると、なぜか異常にウケる。
6月1日(火) 新人類?
私が勤めている会社はマンションの一室を借りて、そこを事務所にしている。会社を訪れる人はお客さんを除けば、集金のおばさんと宅配の人と出入りの業者だけである。その業者の中に某事務機メーカーの営業マンがいるのだが、彼が来た時だけは、顔を見なくても彼が来たとすぐ判る。
マンションは玄関が北向きにあり、入って右手が風呂とトイレ、洗面所。左が応接室にしてある。短い廊下の突き当りのガラスの嵌め込まれたドアを入ると、普通ならばダイニングに使われる部屋で流し台がある。私ともうひとりの事務の女性がここで机を並べている。
私達の机は南向きで壁に押しつけて置いてある。その脇を通るとふたつドアがあり、左が社長室、もう片方が一応、システム開発部の部屋である。ちなみに、私も肩書きだけはシステム開発部である。
さて、某事務機メーカーの営業マンSクンが会社にやってくると、まずいきなりドアを開ける。そのドアがバタン!と閉まる音を聞いて私は「ははぁ〜ん、またおいでなすった」と思う。チャイムも鳴らさずに入ってくるのはSクン以外にはいないのである。Sクンは、勝手にスリッパを履いて、すたすたと上がりこんで来て、ガラスのドアを開けてから初めて蚊の泣くような声で「こんにちは〜」と言うのである。
Sクンが会社に来るのは大抵午前中なので、午後から来る事務のHさんに、私は必ず報告する。
「また、来ましたよ〜。バタン!ってドア開けて」
「いつになったらチャイム鳴らすんだろうね」と、Hさん。
Sクンは2年前に新入社員としてうちの会社へ担当の挨拶に来た。最初はチャイムを鳴らして、そして私がドアを開けに行くまでドアの外で突っ立って待っていた。業者さんなのだから、チャイムを鳴らしたら入ってきてくれて構わないのだ。一々仕事の手を休めて出て行くのは面倒である。3回目くらいにドアを開けに出た時に私は「どうぞ、勝手に入ってきて下さいね」と、言ったのだがそれ以来、Sクンは本当に"勝手に"入ってくるようになったのだ。
前の営業マンはチャイムを鳴らしてから入ってきていたが、そういう事までは引き継いだりしないのだろう。私などの年代ではそれは常識なのだから。Sクンが新人類なのか、Sクンだけが変わっているのかどっちなのだろうか。
ところで、うちの社長はバタン!という音がするたびに
「あれ?今、誰か来ませんでしたか」と私に聞く。私はそのたびに
「S堂さんのSさんです!」と、机に座ったまま大声で返事をしている。
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