うすば蛉蜻日記

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3月30日(火)がびょ〜ん
3月29日(月)ポケット・ティッシュ
3月28日(日) 目覚し時計
3月27日(土)別れた夫の食卓

3月31日(水)  学級崩壊というけれど

近頃、学級崩壊と云う言葉をあちこちで聞く。子供の個性尊重と云う名目の放任主義が原因だとか、親が基本的な躾をしていないからだとか、識者といわれる人々の間で様々な解説がなされているらしいが、こんな例もある。
うちの次男が1年生だった時のことだ。一学期の授業参観へ出掛けて、正直驚いた。授業が始まっているにも関らず殆どの子供がおしゃべりをしたり、中には席を立って歩き回る子供もいた。担任のS先生は懸命に授業を進めようとしているが、少し進むと黒板に(国語の授業だった)物語の流れを表す絵をマグネットで留めて行く作業をするので、子供たちに背中を向けることになる。そして、それがあまり度々あるので、子供たちは興をそがれて、別のことに注意が向いてしまう。
S先生は、そうした間にもうるさい子供がいると、その子の席に飛んで行って「静かにしないと後でお母さんに言うわよ」などと、子供を押さえ込みながら云っている。その繰り返しで、ろくな授業をしないまま終了のチャイムが鳴ってしまった。
その時に私は、子供たちの賑やかさにも驚いたが、S先生の段取りの悪さというか、子供の扱いの下手なことにも驚いた。S先生は、中年のどう見てもキャリア充分な先生に見えたからだ。しかし、その時はまだ一学期だし、これから子供たちも学校の規則や習慣に慣れて行くだろうと思い、私は楽観視していた。
一学期は、うちの息子に限って云えば、これといった問題もなく過ぎて行った。ところが二学期に入り、すぐに運動会の練習が始まり、何となく休みボケが直らぬ時に普段と違った日課になったせいか、子供に落ち着きがなくなったように思えてきた。
そうして運動会も終わり、平常の授業が始まった頃から連絡帳にS先生から毎日のように書き込みが始まった。
「そうじの時の三角巾がないので、そうじができません」
「自分の思い通りにならないと気が済みません」
「午前中にお腹が空いたと言っています。どうしましたか」
「暑いからと云って服を脱いでパンツ一枚になりました」
など、など。私にしてみれば、三角巾がなくてもそうじは出来るし、まだ7歳の子供がそう物分りが良くても気持ち悪いし、寝坊して朝ご飯をろくに食べずに登校したこともあったが、そんなことは自分のせいだ(毎日、そんなことを云っていたわけではない)し、休み時間に暑さのあまり服を脱いだからと云って(パンツを見せたことをS先生は問題にしていたが)大人がやれば犯罪だが、まだ小学一年生なのだから、やっても構わないと思っている訳ではないがその場でS先生が叱ってくれれば済むとこではないかと思うのだ。
こういう連絡に一々返事を書く気になる親がいるだろうか。まるで、子供の云いつけである。
そうこうする内に、S先生から電話が掛かってくるようになった。必ず夜の7時を廻った頃である。その時点でも連絡帳への書き込みは続いていたが、話の内容は連絡帳に書かれたことと、同じである。連絡帳に書いてもまだ、気が収まらなかったらしい。
早口で一気にまくし立てるように話すので、こちらは相槌を打つのが精一杯である。
「ジロくんが今日、教室を抜け出して遊んでいました。××君や××君と一緒にです。それから、あれして、これして・・・」
30分くらいは続く。それが週に最低一度は掛かってくるのである。
私も息子には授業を抜け出すのはいけないことだと云う事、先生の話を聞かなくてはいけない事、学校の決まりは守らなくてはいけない事などを話していますと、いつも同じ返事を最後にするのだが、S先生はご自分の云いたい事を云うためにだけ電話をしてきているように見受けられた。
その頃、次男を学童保育室へ預けていたのだが、ある日仕事が終わって息子を迎えに行くと、服が濡れていた。色の濃い服だったので、私も息子の肩を触ってみて初めて気がついた。下着まで濡れていたので「ジロ、どうしたの?」と聞くと、学校で水道の水を友達と悪戯していて引っ掛けてしまったと云う。帰宅して連絡帳を見ると、そこには
「水遊びがじょうずになりました」
と一言書いてあった。季節は秋である。5時にはもう薄暗くなっている頃なのだ。いくら子供が悪戯をして水をぶちまけたとしても、それとこれは別ではないだろうか。体育着にでも何でも着替えさせてくれてもいいだろう。息子は3,4時間濡れた服を着続けていたのだ。そして、「水遊び」云々という書き方は、何なのだ。
後日、S先生はクラスの悪がき3,4人の家にうちと同じような電話を掛けまくっていたことが判った。息子は情緒不安定になり毎晩のように怖い夢を見て、家中を泣きながら走り回るようになってしまった。私も夜7時過ぎに電話がなると胃が痛くなるようになった。
ある時、S先生が息子の同級生のお宅へ電話をして(愚痴をいうために電話を掛ける相手がいたそうだ)うちの息子や誰それと、お宅のお子さんは遊ばない方がいいと云ったという話を、悪がき仲間のお母さんから聞いた。それで、私は切れた。校長に直訴したのだ。
息子は、学校の話をまるでしなくなっていたが、宥めすかして聞き出すとS先生には体罰も受けていたらしい。私は手やお尻を叩かれるくらいの事で体罰、体罰と騒ぐつもりはない。私自身も悪いことをしたら、引っ叩いて育ててきた。ただ、人目のないところへ連れて行き、跡が残らない程度に、しかし子供には充分な恐怖を植え付けるようなやり方をするのが許せなかった。
S先生はその後三学期になって、原因不明の休職をしたあと、異例の持ちあがりなしの担任交代が二年生であり、息子は元気を取り戻した。そして現担任のK先生のおかげでクラスの中でもリーダー的な役割を果たせるようになった。もちろん、授業中に出歩く子供など今は一人もいない。
学級崩壊と一言でいうが、段々とおかしくなる子供が出るクラスと云うのは、果たしてほんとうに子供自身や親だけの問題なのだろうか。
春の異動でS先生が別の学校へ移ることを今朝の朝刊で知った。ホッとしたのが正直な心境である。しかし、S先生が移った先の学校でどのような教育をするのか、気になるところでもある。


3月30日(火)がびょ〜ん

午後5時が私の退社時間だ。時計を見ながら、そろそろ帰り支度を始めていた時に、電話が鳴った。次男のジロからだった。今にも泣きそうな様子で、言葉もなかなか出てこない。
怪我でもしたのか、急病か!? 
「どうしたの?ジロ。どこか具合悪いの?」と呼びかけると
「が、がびょうが〜、キーボードに〜・・・ごめんなさい」
搾り出すように、そう云った。なんだ、そんなことか。何事かと思って心配した。すぐ帰るから、と云って電話を切り、急ぎ足で家に戻る。徒歩1分の距離だ、慌てることもないのだが。

パソコンを見ると、被せて行ったはずのキーボードのカバーが外れている。
「使ったの?お母さんの留守に!」
「使ってないよう」
「嘘こけ!」
ジロは、私の剣幕に恐れをなして二階へ退散してしまった。
キーボードを見ると、スペースキーと変換キーの間に画鋲が挟まっていた。隙間にすっぽり収まって、針が上を向いている。ピンセットで挟めば、取れるかと思ったが思うようにいかない。仕方なく、キーボードを裏返しにしてネジを外した。キーボードの裏に10個近いネジが留めてあるとは知らなんだ。(うちのキーボードはやけにしっかりとした作りだ。会社のは4箇所しか止めていなかった)
いつだか雑誌で見たキーボードの分解図を思い出しながら、ネジを外し、枠を外したらキーも枠にくっついてくる。あり?枠を外した裏面に更にアルミか鉄板のようなものでカバーがしてある。これも外さなければいけないのか?
しかし、それを外した後で、キーがばらばらに散らばっている図が私の脳裏をよぎり、全部のネジを外すのが躊躇われる。スペースキーに近い辺りのネジを4つばかり外してみる。カバーを少々力を入れて持ち上げて、キーボードを振ってみた。その時になって、キーが一個ずつ外れる事に気がついた。
初めは恐る恐る引っ張って見たが抜けないので、ちょっと力をいれると、すぱこ〜ん。スペースキーと画鋲がすっ飛んでいった。
画鋲ひとつ取るのに30分もかかってしまった。その後、スペースキーを元に戻すのにも苦労した。


3月29日(月)  ポケット・ティッシュ

私はこれでもきれい好きの方だと思っている。掃除が特別好きなわけではない。ただ、散らかっているのが嫌いなので、自然と掃除をまめにすることになる。趣味の模様替えも、部屋をきれいに保つには役立っている。家具を移動するついでに掃除機をかけるので、我が家の家具の後ろにはホコリがない。(半年も放っておくと家具の後はホコリの巣になりますぞ)
掃除をした後の部屋は、どこか清々しい。古い家なので、部屋自体を新築のように美しくするのは無論無理な話だが、床や家具の表面などはぴかぴかになる。部屋の空気も何となく違うような気がする。そして、例えば、換気扇の掃除をすると、こうしたプラスチック製品は新品のようにきれいになる。油とホコリがこびり付いていたのが嘘のようだ。
掃除というのは、努力の結果が形に現れるところがいいのである。
それに引替え、洗濯というのは虚しい。晴れた日に洗濯物をずらっと干した後は、それなりの達成感がある。が、しかしその日の夜になると、脱衣かごには洗濯物の山ができているのだ。ほんの半日前にきれいさっぱり片付けたはずの洗濯物が、かごにてんこもりになっているのだ。まるでデジャヴである。かごの底から湧きだして来ているのではないかと思うほどだ。

洗濯をする時に、気をつけなくてはならないことは何だと思われるだろうか。色物、特に黒いものや色落ちするものと白いものを一緒にしないのは常識だろう。そして子供のズボンのポケットの中身の点検である。これを怠ると、後で後悔することになる。やけにガラガラ大きな音を立てて洗濯機が廻っているな、と思って見ると洗濯機の底にビー玉やミニカー、鉛筆などが転がっている、などということは我が家では珍しくもないことである。
とは云え忙しい朝、ポケットの点検もそう丁寧にはしていられない。数日間、無事に洗濯を終えていると、油断が生じる。 今朝も、そんな油断のエアポケットのど真中であった。ポケットには一応の注意は注いでいた。上から触ってみて「よし、これもよし」と次々洗濯機に入れていった。その時、一抹の不安を感じたのは、その後に起きた災いの予兆だったのだろうか。
一度目の洗いの終了を告げるブザーが鳴った。排水をしながら、洗濯物を脱水機に入れる。やけに水がどろん、としているような気がする。脱水機を廻しながら洗濯槽の中の水がなくなっていくのをぼんやりと見ていると、底に何やら灰色の塊が見えてきた。手を伸ばして触ってみる。「・・・・!またやってしまった」ポケットティッシュの残骸だった。
ティッシュペーパーを洗濯してしまったことがある人にはお判りいただけるだろう。これほど悲惨な状況はない。せっかく白い下着などの糸屑がつかないようにと分けて洗った黒いトレーナーに白い繊維がびっしりこびり付いているのだ。これを完全に取り除く方法を私は未だに見出せずにいる。
二度目の洗い、ゆすぎが終わるたびに、脱水をして洗濯物をばんばん、はたく。そうして干して、乾いたところでまた、はたく。(ガムテープもやってみたが、あまり効果はなかった)お出かけ用の洒落た服などでこれが起きると・・・これほど情けない気持ちになる時はない。

ここで一句
洗えども洗えども 我が家の脱衣かご空にならず じっと宙を見る


3月28日(日)  目覚し時計

子供たちが春休みに入って、最初の土日、家でごろごろして過ごした。夜、タロが
「お母さん、明日何時に合わせておく?」目覚し時計を持って聞きに来た。
「いつもより30分、遅くていい」
普段は子供たちの方が私より早く学校へ出掛けるが、休みの間は私が会社に間に合う時間でいいのだ。タロは寝坊の私のために、目覚しを合わせることを忘れずにいてくれたのか。そして私を起こしてくれるつもりなんだな。なんて優しい子だろう。私はひとり幸福感に浸った。
しばらくして、寝室に行くと、私の枕元にはしっかり目覚し時計が置いてあった。
な〜んだ、目覚し時計など使ったことがない私が(目覚し時計はりゅうの枕元が定位置だ)、忘れないように時間合わせをしてくれただけか。
そう言えば、休みにわざわざ早起きするほど、デキた子に育てた覚えもなかった。


3月27日(土)  別れた夫の食卓

先日、子供の誕生日に別れた夫と四人で食事をした。
少し前に風邪をひいて、寝こんでいたと云うので、
「ご飯、ちゃんと食べているの?」と聞くと、会社の帰りにスーパーに寄って、買い物をしてくるのだと云う。
「そこのスーパーは夜8時を過ぎると、惣菜なんか半額になるんだけど、すごいおばちゃんがいて、8時になるまで買い物カゴに品物入れて、うろちょろしているんだよ」
そして、8時になって店員が半額のシールを貼り始めると「これにも貼ってよ」と来るのだそうだ。
う〜ん、私もかなりオバタリアン化してきたと思っていたが、まだまだ修行が足りないと反省する。

先週、子供達が久しぶりで父親の家へ泊まりに行った。帰宅後、リュックの中を見ると着替えた服がスーパーの袋に入れてあった。脱衣かごに袋の中身を空けていると、ひらりと一枚の紙片が落ちてきた。
何気なく手にとって見ると、別れた夫の会社の側にあるスーパーのレシートであった。ついつい、レシートの内容を読んでしまった。・・・ソウザイ 50%ビキ・・・と云う文字がずらっと並んでいる。
思わず、あなたも頑張っていますなぁ、と元夫に声を掛けたくなったのであった。