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女の友情とはなんぞや

女の友情は長続きしない、と世間ではよく言われる。男の嫉妬というものも案外凄まじいものがあると言うので、男の友情だってアヤシイものだと思うが、私は女なので男の世界は判らない。
私にはかつて20年来の親友がいた。過去形で語るというのも、今は彼女とは年賀状程度のやり取りしかないからで、そうなってしまったのも女ゆえと言うべきなのだろうか。

彼女―仮にM美としておく―とは高校一年の時の同級生だった。偶然家も同じ駅を利用していたので、あっという間に仲良くなった。M美はぱっと人目を引く美人で、しかしそれを鼻にかけたりしない人だった。当然、彼女はもてたし、いつも話題の中心にいる人で女王様的存在だったが、私は彼女の物怖じしない性格と何でもはっきりとものを言う気の強さが好きだった。
そうしたマイナス面になりがちな気の強さを補って余りある人の良さも、持ち合わせた人であった。
M美とは悪友でもあったので、15歳から30代まで、お互いの悪行?も親兄弟より知っている仲だった。結婚、子育てもほぼ同じ時期だったので、ずっと同じような道を歩んできたとも言える。
性格的には、先にも言ったように彼女ははきはきとした行動派、私はどちらかと言うと気が弱く、あまり積極的に物事を進めるのは苦手な方だったが、性格がまるで違うからうまく行っているのだと思ってきた。
M美は常に私をリードする立場だったし、私はそれを不快にも思っていなかった。別に私の人生までも彼女に預けたわけではないし、私にして見れば彼女がリーダーシップを取っているのは遊びなど些細な点だけだったので、そんな時に「あんたは、あれをしておいてね」と命令されたってどうって事もなかったし、彼女のそういうテキパキした処が私は好きだった。

学生時代の女の子同士というのは、トイレに行くのも一緒ね♪と言う、「何でも一緒だから仲良しサン」的感覚がある。私はそういう考え方は苦手だったが、M美は独占欲がわりと強いところがあった。私が誰か他の人と仲良くしていると嫉妬するのだ。しかも私に「私が男だったら、あなたと結婚したい」と常々言ったりしていたのだが、私はそんな彼女の独占欲も可愛いナくらいにしか考えていなかった。
さすがにお互いに結婚をし、子供を持ち、それなりに安定した生活をするようになると、あまりそんな話はしなかったが、それでも彼女にとって私という存在は、ライバルのような肉親のようなものだったのだろうか。

私が夫と離婚の話し合いをしている時も、彼女だけには一部始終を話していた。電話も毎日のようにしていた。私がしないとM美の方から電話をくれて「どうした?」と聞いてくれるので、私も隠さず話をしていた。
ある時、彼女と電話をしていると(彼女は美容師をしていた)
「お店であなたたち夫婦の話をして、みんなで笑っちゃった」と言われた。
私は愕然とした。確かに夫婦の揉め事というのは他人から見れば笑える話もある。事実、私はM美と電話で話している時も、笑い話のようにして話したこともある。
しかし、私はM美を親友だからと思って、人には言えないような事も話していたつもりだったので、まさかそれを自分の勤める店で他の従業員や店主である彼女の兄夫婦たちに聞かせていたとは思わなかった。しかも、そこは私の地元でもあり、私の兄や母も彼女の店を利用していた。
「ちょっと、そんな事まで話していたの?」私はさすがにむっとして言い返すと
「だって、人の口に戸は立てられないわよ」とM美は言ってのけた。

M美とは、その事だけで仲たがいしたのではなかった。
彼女は私と夫との離婚には反対だった。私の気持ちも判るが、子供がいるのだから思い留まるべきだと彼女は言っていた。だが、私には私の考えがあったので、M美の心配は嬉しかったがそこまで彼女の意見の通りにするわけにもいかなかった。
ある時に、彼女から
「今まで、これほど心配してきたのに、あなたは勝手なことばかりする。私はあなたの事を心配するあまりに子供が学校で苛めにあっている事にも気がつかなかった」と言われてしまった。
また、別の話をしている時に、M美はひどく怒り出して、私も珍しく彼女に対してやり返すような言い方をしてしまったため、M美に電話を一方的に切られてしまった。
その後しばらく考えた末に、私は彼女に手紙を出した。手紙のやり取りも私たちは年中していたのだ。
「先日の電話ではお互いに頭に血が昇っていて、言わずもがなの事を言ってしまった。これはお互いさまだから恨みっこなしにしよう。それから、M美には私たち夫婦の離婚のことで迷惑を掛けてしまった。けれど、私には私の考えもある。それだけは親友であるM美に何と言われても、変えることはできない。だから離婚については、あなたの思いとは違う結果を迎えることになるだろう。それを話せばまた、M美にイヤな思いをさせるだけだろうから、今後は離婚の事については一切あなたには報告したりしないように気をつける。これまでイヤな思いをさせて、ごめんなさい」というような内容だった。
20年来の親友と思ってきたM美なので、判ってもらえると思っていたのだ。
しかし、彼女からはなしのつぶてだった。それから暫くして同じ高校時代の男友達から、M美はお前から絶縁状を貰ったと言っているぞ。何があったか知らないけど、困った時こその友達なんだから、ちゃんと謝っておいたらどうか。と電話が来た。
その頃私は離婚をし、引越したばかりで人生最大のドツボにはまっている時だったので、追い討ちを掛けるような出来事だった(それ所ではないわい、と言う気分でもあった)。絶縁状などと言う言葉が、どこから出てきたのかも私には理解できなかったので、腹も立った。しかしもう一度、M美に手紙を書いた。
現在の私の状況と、絶縁状などと言うつもりで書いたのではなかったと、それだけは伝えたかったのだ。返ってきたのは、葉書にたった数行「自分は元気で生活してますから、心配なく」と言う木で鼻を括ったようなものだった。

こうして呆気なく私とM美の20年近い友情は終った。
彼女は私の母にも絶縁状云々と話をしていたのだった。
いったい、彼女の言う親友とは何だったのだろうかと私は考えざるを得なかった。何でも彼女の意見に賛成して、あなたの言う通りだわ、と言い、彼女の考えは私の考えと思って行動していたら、良かったのだろうか。
しかし、私も学生時代とは違う。自分なりの生き方をして、自分なりの考えを持って生きているひとりの人間なのだ。誰も人を自分の思い通りには出来ないし、自分と意見が違うからと言って、この人は自分を嫌っているとか、自分の味方ではない、などと考える必要などないと思うのだ。
だが、こうも考えられる。別の友達が言っていたのだが
「この年になって、新しく友達を作るのは難しい。けれどもあまりにも気を遣って付き合わなければならない人とは付き合いたくない」それも、尤もな話だと思う。
私は決して友達が多い方ではないが、気の合った数人と細く長い付き合いが出来れば、それでいいと思っている。

M美と私の間にヒビが入ったのは、小さな誤解からだったのだが、誤解と一口に言ってもそれを相手が真実だと思ってしまえば相手にとっては誤解ではなく、事実になってしまうのだ。
私は元々『去るものは追わず』という考え方だ。恋人でも友達でも一度こじれてしまった仲はそう簡単に修復できない。色々と弁解をするのも好きではないので、相手にどう思われても思わせてしまった私にも問題があったのかも知れないし、何が何でも引き止めたいという気持ちは更にない。諦めがいいと言うのだろうか。
私とて聖人君子ではないので、ある人からはイヤなやつだと思われる事もあるだろう。それはそれで仕方のないことだと思っている。38年も生きて来て自分の考えが全くないと言う方がおかしいと思うので、私は私の考え方で自分らしく生きるしかないと思っている。