エッセイもどき
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花 嵐

3月も終わると云うのに,寒い日が続いている。
日本語には季節のさまざまな呼び方があるが,花冷えあるいは花曇りと云うのは,この時期に,まったく云い得た表現だと思う。
桜の季節と云えば,暦の上では春である。そして平素,桜の咲いていない時には桜が咲けば,もう暖かく,春真っ盛りのように思い込んでいる。だが,今年もそうであるが,過去のこの時期を思い出してみても,ぽかぽか陽気が続いていたことはあまりなかった。東京では,4月17日に降雪があったと記録に残っていると云うが、桜の咲く頃と云うのは晩冬と早春との境目のような気がする。

肌寒い朝だった。私は落ち着かずに何度もバス通りへ出て,きょろきょろしては家に引き返していた。その日は中学校の入学式当日だった。前日,友達に電話をして時間は確認してあった。たしか、その友達は9時までに学校へ行けばいいのだと云ったと思う。
中学校は私の家からはのんびり歩いても10分とかからないところにある。家の脇の道から10メートルほどでバス通りに出て,右手を見ると上り坂がある。その坂の頂点辺りに中学校の校門があった。
私は式典が始まる1時間以上前に,真新しい制服を着込んで,そわそわしていた。朝食も緊張のため,ろくに喉を通らない。
「ねえ、お母さん。入学式、何時からだっけ?友達は9時って言ってたけど」
「じゃあ、それでいいんじゃないの」
家の周りがやけに静かなのも、気になって仕方がなかった。私は、大変な臆病で引っ込み思案で、内弁慶な子どもだったので、ひとりで入学式へ行なかくてはならないと思っただけで、ものすごい大役を仰せつかったような気分であった。 私の心配をよそに母はいたって暢気である。私は五人兄弟の下から二番目だった。兄や姉たちでもう飽きたのか、母は入学式についてきてくれなかった。

私は5分置きくらいに、バス通りへ出て行った。
家に戻ると
「ねえ、本当に大丈夫かなぁ。」
何度も母に念を押す。
私の不安は、時間が経つほどに増すばかりなのである。
「それほど心配なら、もう出かけなさい」
母に云われて、重い足取りで出掛けた。坂道がやけに長く感じられる。校門には「昭和○○年度 第何回 浦和市立○○中学校入学式」と書かれた看板が立てかけてあるが、ヒト気がまったくない。校舎の玄関にも、誰もいない。もしかしたら最悪の事態になっているのではないだろうか。
そこから、多分私の頭の中は真っ白けになっていたのだと思う。気がつくと、先生に肩を抱かれるようにして、体育館の中へ入ってゆくところだった。

舞台の上で誰かが、祝辞を述べている中、在校生の間を通り自分の席に案内された。緊張とあまりの恥ずかしさに体が震えていた。席について何分もしないうちに入学式は終わってしまった。遅刻した私を見て在校生が笑っているような気がして私は俯いたまま退場した。
あとになって、私に間違った時間を教えた友達は、ちゃんと時間通りに学校へ来ていたことを知り、うそつき〜!!と憤慨したが、よく考えてみると入学式の案内は親の元へ届けられていたのだろうから、正確な時間も母は知っていたはずである。一番、いい加減だったのは、うちの母であった。

入学してから数日間、教室の大きな窓の外に桜が見事な花を咲かせていた。ある日、春の嵐が吹き荒れて校舎と塀の間で風が渦を巻いていた。風が吹き荒れるたびに、地面に落ちた桜の花びらがくるくると廻りながら宙を舞っていた。私はその日一日、授業など上の空で、季節に名残りを惜しむように落ちては舞いあがる桜の花を見つめていた。