うすば蛉蜻日記

うすば蛉蜻日記日記TOP次へ


6月28(月) チャット教

私の勤める会社のたったひとりの営業マンKさんは、いかにも営業マンと言うタイプである。要するにお喋りである。社長が留守の時などは、私やHさんの机の脇に来て、色々と世間話を始める。今日も午前中は、殆どKさんのお喋りに付き合わされた。今日はシステム専門のTさんが休みで(社長が留守の時と月曜は大抵休む)、事務のHさんは午後からのパートなので、午前中はKさんと私しかいなかったため、恰好の話し相手にされてしまった。私は例によって自分のHPの更新をしようと思っていたのに、邪魔をされてちっとも捗らなかった。くそっ。
Kさんは、自宅にパソコンを持っている。そして、チャットにハマっているそうで、私の処へ来て話すのは大抵チャットの話である。営業で毎日人と話をしているのに、夜中(テレホタイムにしているそうだ)にも、まだ喋っている。よくよく営業に向いた人なのだと感心してしまう。Kさんはチャットマニアと呼んでもいいほどチャットのソフトも豊富にインストールしているらしい。何でも20種類くらいのソフトをインストールしてあるそうだ。そんなに入れて一体、何に使うのだろう。
今日も寝坊をしたと言って遅刻をしたのだが、チャットで夜更かししていたらしい。疲れた疲れたと言っているわりに、毎晩やっている。
「○×のチャットルームは若い人が多くて、話が合わなくてね〜」と言いながら、楽しそうである。
このKさん、私にも盛んにチャットを勧める。今日はNetMeetingの使い方を教えてくれた。以前にもICQのソフトをマイクロソフトチャットを利用して送信してくれると言うので、仕方なく夜11時に接続して1時間近くかかってダウンロードした事がある。他にも安いブロバイダの情報など色々と教えてくれて親切なのだが、チャットに関しては私はあまり興味はないと言っているのだが、チャットほど楽しいものはないと思っているので『チャット教』に入信を迫る。狂信者というのは得てして強引である。

先ほどテレビ番組の「世界まる見え!テレビ特捜部」を見ていたら奇跡の近未来医学という特集で、様々な医療技術が紹介されていた。例えば小耳病という生まれつき耳が小さい人のために考えだされた技術は、動物の軟骨細胞を耳の形に培養して移植するというものだった。まだマウスで実験中ということだったが、実験中のマウスの背中には人間の耳が出来ていた。難病で苦しむ人のためとは言え、ネズミの背中に耳を作ってしまうとは、いやはや、人間とは恐ろしい生き物である。


6月27(日) タイタニックを見る

昨夜、12時近くになってから、友達に借りた映画『タイタニック』のビデオを見た。なんだ今頃と思われるだろうが、へそ曲がりな私は大ヒットをした事は知っていたが
「ふ〜ん『オリコカーロOK?』の兄ちゃんが出た映画か」と思っていた。(CMの中で、カードがカーロに聞こえるのだ。それが正しい発音なのかも知れないが)
3時過ぎまでかかって前・後編を見終わった。長さなど感じなかった。私はへそ曲がりなわりにこういうものに、すぐに感動してしまう。ディカプリオ君はこの映画のためにダイエットでもしたのか、すっきりした顔でなかなか男前である。筋書きは殆どの人がご存知だろうが、あの世紀の豪華客船タイタニック号沈没の悲劇を元にした恋愛映画である。
悲劇の中でこうした純愛があったとしてもおかしくはないだろうと思わせる辺りが、うまいこと作ってある。風聞ではヒロイン役の女優は体格が良過ぎると言う話だったが、救助後の彼女の人生と、そして上流階級のお嬢さんであるにも関わらず貧しい画家の卵に恋をする強さを持ち合わせた女性という役柄を考えると、柳腰のひ弱な女性ではイメージに合わないだろう。
それにしてもラスト近く、沈没する船から命からがら逃げ出して海に漂流している時に、彼女だけが漂流物の板に乗っていたのはレディーファーストのお国柄として判らなくもないが、救助がきた時に彼は事切れてしまっていたのだが、気温が低いため凍り付いてしまった握り合った互いの手を、もぎ取るようにして海へ突き落とした(ウソウソ…板に掴まっていた彼が手を離すとゆっくりと海底へ沈んで行くのだ)ところが、不屈の精神アメリカ〜って感じだなぁ、と思った。
私なら、恋人が死んでいるのに気がついた時点でパニック状態になって泣き叫ぶことしか出来ないだろう。アメリカ女性は強かった。

いや〜映画って、ホントにいいもんですね。と、思わず水野晴男サンのように呟いてしまうのでありました。


6月25(金) チョビ謎の失踪〜まぁ、ダラダラの紐!事件〜

昨夜、ミドリ亀のチョビが突然水槽から姿を消した。親友で名探偵のホームズに連絡しようと思ったけど、彼はいま、老人ホームにいるので夜間は電話を取りついでもらえないのを思い出してやめた。それにホームズの手を煩わせるほどの事件ではないと思ったのだ・・・

最初にチョビの失踪に気がついたのは、次男のジロだった。おやすみの挨拶をしようと水槽を覗きこんだジロは、あっと息をのんだ。チョビが水槽から忽然と姿を消していたのだ。誘拐か!蒸発か!
水槽の中では相棒のかめ太郎だけが、のほほんと首を上げてこちらを見て「どしたの?」と言う顔をしている。かめ太郎に聞いても埒が明かない。レイチェルに続いて、またもや愛するペットの失踪事件に見まわれたジロは呆然と立ち尽して一言。
「チョビよ、お前もか!」・・・などとは言わなかったが、ショックを隠せない様子である。
目撃者がかめ太郎だけとあっては、誰の目にも捜査は難航するものと思われた。現場の状況はと言うと、水槽は玄関にある下駄箱の上に乗っていた。水槽と言っても40×25センチくらいの小さなもので、ホームセンターでよく売っている青いプラスチックのふたが付いた虫かごみたいなものである。そこに小石を敷き詰めて水を入れ、陸と浅瀬を作っている。青いふたは、いつも取り外したままになっていた。水槽を見ていた私は中の様子が何か普段と違うような気がした。
「ジロ、この石いつもより高くなってない?」水槽の底に敷詰めた小石の山が、ほんの少し普段よりも高くなっている事に私は気がついたのだ。
「え、だけど、このくらいならチョビに乗り越えられるわけがないよ」と、ジロ。しかし、私は知っていた。2匹がしょっちゅう「親亀の背中に小亀を乗せて〜」状態で、水槽のふちに手を掛けようとしていたことを。大脱走のスチーブマックインのごとく、チョビはその日が来るのを待っていたのかも知れない。しかし、自分だけ脱走するとは・・・。
脱走に成功した後、チョビは何処へ行ったのだろうか、それが問題である。水槽は下駄箱の端っこに置いてあった。逃げ出したとたんに床に落ちる可能性が大である。しかし、狭い玄関にチョビの姿は見当たらない。床から水槽までは、高さが140センチメートルほどある。この高さから落ちたとしたら、チョビは命に関わる大怪我をしているかも知れない。どこへ行ったのだ、チョビ〜。
だが、そのとき私の『灰色の脳細胞』に、ビビビッとインスピレーションが閃いた。私は下駄箱の横にある傘立てに注目をした。10本以上の傘がむちゃくちゃに詰まっているため、上から覗いても何がどうなっているのかさっぱり判らない。しかし私はこの傘立ての中に遭難者チョビの声なき声を聞いたような気がしたのであった。チョビ、今助けるから待ってろよ〜。

第一次捜索隊長として、私は厳かにジロに言った。
「傘をゆっくりと取り出しなさい」
1本、2本・・・ゆっくりと傘が取り除かれていく。傘のベルトをきちんと止めてないから、ベルトの紐がみんなダラダラに垂れ下がって、傘は半開きの状態になっている。全部、タロとジロの傘である。
「まぁ、紐がみんなダラダラ!」私はつい苛々とした声を出した。隙間にチョビが落ちているかも知れないので、いちいち開いて中を確認しなければならない。・・・7本、8本と傘が私の腕に引っ掛けられて行った。傘立てには、ようやく下を覗き込むスペースもできた。
ジロが覗いて見たものの、チョビの姿はどこにもない。これ以上、捜索が長引けばチョビの命が危ない。9本目の傘を私が引き抜いた時、微かにコロンという音が聞こえた。すかさず傘立てを覗き込んだジロが叫んだ。
「チョビ、はっけ〜ん!!」甲羅の中に頭と手足を隠していたチョビは、水槽に入れられるとようやく頭を出して
「えらいすんまへんなぁ。こないなオオゴトになるとは思ってもみいひんやったさかい。引越しのサカイ〜」と、バツの悪い顔をしていた。

こうしてチョビ謎の失踪「まぁ、ダラダラの紐!」事件は無事解決したのだった。メデタシ、メデタシ・・・


6月24(木) 予知能力

オカルト好きの私はテレビ番組アンビリバボーの「怪奇現象」のコーナーを欠かさず見ている。体験談を投書すると金の延べ棒?を貰えると言うので、密かに出してみようかと思っている。ここで書いても一文にもならないもんな。オイオイ・・・
今日は道路にまつわる怪奇現象と言うのをやっていた。私もある場所で怖い経験をしたのだが、それを誰かに話そうとしたり、書いたりしようとするだけで怖い思いをするので、書く事ができない。

子供の頃、私には予知能力があった。これが何の役にも立たない予知能力だった。例えば駅の通路を歩いていると、前を歩いている人がゴミ箱をひっくり返すのが判る。判るとは、どういう風にかと言うと突然、前を行く人がゴミ箱にけつまずいてゴミ箱がひっくり返っている映像が頭に浮かぶのだ。あれ?っと思っている間に本当に今見た光景と同じコトが目の前で起きている。
またある時は、家で兄と兄の友達とマージャンをしていたのだが(小学生の時だった)ジャラジャラとマージャン牌をかき混ぜている時にふとお菓子が見えた。今でも覚えているが、駅前の菓子屋で売っていた細長いポテトチップスとブルボンのルマンドと言うお菓子だった。「はて、今のは何だったのだろう」と思いつつ、マージャンに熱中している処へ買い物から母が帰ってきた。そして、母が買い物カゴから取り出したものを見て
「あ〜!!」私は指差して大声を出した。そう、まさしく私が30分ほど前に見た、ポテトチップスとルマンドだったのだ。しかしただ、それだけのコトなのだ。そんなコトが判った処で「だから何なの?」なのである。
大人になっても、たまにその力?が顔を出すことがあった。15年くらい前のことだが元夫とは同じ会社だったので社員旅行へ行った先でふたりでドライブをしていた。(まだ、結婚前)とても見晴らしのいい道路で一直線だったので、元夫はぐぃ〜んとアクセルを踏んでスピードをどんどん上げていった。しばらく走っていると、急に「あ、スピードを出してはいけない!」と感じた。だが、どうしてそう感じたのか判らないので黙っていた。すると、直後にスピード違反で元夫は警察に捕まった。ああ、これのコトだったのか、と思ったのだが後の祭である。しかし、スピードを上げている最中に「止めて!」と大声を上げては、事故になっていたかも知れない。実際、もう少しで大きな声を出す処だったのだ。罰金は取られたものの、別に私の財布が痛んだ訳ではないので、ま、いいかと思った。

それにしても、もっと政治的?に役立つような事が予知できていれば、今頃私は『教祖さま』になっていたかも知れない。まったく、無用の能力としか言いようがないところが中途ハンパというか、腹立たしい。


6月23(水) アヤシイ影

昨日、タロが学校でバスケットをやっている時に突き指をした。私が帰宅してしばらく経ってから言われたので、今日になって病院へ行った。待合室で『肩こり体操』という小冊子を見つけたので、待っている間にやってみた。首を前後左右に動かしたりするだけの簡単な体操なのに痛くて思うように動かせない。
私は今朝起きたら、背中が痛くて起き上がれなかったのだ。タロを呼んで手を引っ張ってもらいようやく起きた。やれやれ。
私は調子が悪くなると全部、体の左側に出る。今日も左の背中、肩、首、腕が痛む。肩甲骨の下が特に痛む。今は仕事で暑中見舞いの宛名書きをしているので右腕も痛い。夜、フリーセルをしていると段々、マウスが動かしづらくなってくる。(そこまでやるか)
病院の待合室では、私の方が病人のような顔をしていたかも知れない。
タロは念のためレントゲンを撮ったが骨には別状ないとの事。タロは結果を聞くまでドキドキしていたそうだ。

レントゲンと言えば、若い頃に会社勤めをしていた時のこと。会社の健康診断を受けたらレントゲンに影があったので再検査と言われた。驚いてさっそく病院へ行った。再びレントゲンを撮られる。診察室で私のレントゲン写真をじっと見ていた医師は、私に向き直ると言った。
「これは、胸の影だね」
「はぁ?・・・」なんのコトを言われているのか判らないので、私はアホ面をして医者の次の言葉を待った。
「あなたね、胸が大きいでしょ。レントゲンを撮る時に胸を押しつけて映すから、脇にハミ出たオッパイの肉が影みたいになっていただけだね。ホラ、ここんところ」とわざわざその部分を指し示してくれた。
ひぇ〜。医者の説明を聞きながら私は赤面して、俯いてしまった。
「胸の大きな女性はね〜、時たまそういう事があるんだよね〜」看護婦が笑っている。
今は見るかげもないが昔の私はぽっちゃりしていて、デカパイだったのだ。確かに、レントゲンを撮るときは、胸を板に押しつけて下さいと言われる。私は素直にべったり機械に張りついたのだ。それにしても、ハミ出た肉が影になって映るとは・・・
わざわざ会社を休んで病院へ行き、何か悪い病気では、と内心びくびくしていたのに看護婦にまで笑われて、すごすごと帰ってきた。しかも、その事を会社でどう周りに説明しろと言うのだ。若かったので、穴があったら入りたいほど恥ずかしい思いをした。(会社では、何でもなかったとしか言わなかった。いや、言えなかった)
胸の大きな女性はレントゲンを撮る時には注意した方がいい、ホントですぞぃ。


6月22(火) オタクなワタシ

HPにウルトラランキングというのを付けた。(メニューなどの上のバナーがそれ)これを付けておくと時間、曜日、ページ別などのアクセス数が判るというので、付けたのだ。今日でちょうど一週間が過ぎたのだが、結果はというと、トップページへのアクセス数に比べて、他のページへのアクセス数が極端に少ないという事が判った。だはっ。
トップページには一日平均70件ほどのアクセスがあるのに、他のコーナーへのアクセスが少ない。一番アクセス数の多いのが日記だった。他に毎日変わっているところはないのだから、見るとしたら、ここくらいしかないだろうと納得。それでも一週間で60件ほど。要するにトップだけ見て帰っちまうやつが多いということだ。
しかし新たな発見もあった。誰も見てないかと思っていたフレームなしのメニューを見ている人が意外といる事とプロフィールが結構、見られていることをはじめて知った。フレームなし用のメニューは今まで手抜きして作っていたのだが、これからはちゃんと作ろうと改心する。私はブロバイダの関係でバナー広告の表示、非表示の切り替えができるフレームにしているのだが、それでなくてもコーナー毎にまたメニューがあったりするのでフレームの方が見やすいような気がする。といっても、例えばノートパソコンなどを使っている人はフレームにすると表示領域が狭くて見づらいということもあるのだろう。
だけど一番ショックだったのは、リキいれて作った本のコーナーをこの一週間、誰一人として見てないという事実。まあ、いいんだけどね。ホントに自己満足で作っているんだから、イジイジ・・・
実際、自分が楽しんで作っていればいいんだと思う。仕事で作りたくもないダサダサなページを作らされていた時よりは、 精神衛生上もよろしい。
ところで、妹にこのHPアドレスを教えたら先日メールがきて「結構、オタクしていて笑ったよ」と書かれていた。えっ?オタクか〜。どの辺りが?とメールを出したのだが返事はまだない。オタクと言われるほど、凝ったページはないつもりなのだが(えっ?そういう意味じゃないって?)和歌など、あまり人が取り上げないことをやっている辺りのことを言っているだろうか。
和歌と言えば、インターネットなら日本全国と繋がっているのだし(世界だけど)、色んな趣味の人がいるだろうから和歌の紹介をしているHPもたくさんあるハズと思って検索してみたのだが、意外と個人でそうしたページを作っている人は少なかった。歴史についてもまた、しかり。探し方が悪いのか、なかなか同好の士に巡り会えない。
歴史については、詳しい人に色々教えを請いたいと思っているだが。

一年ほど前「歴史○○」という雑誌のお便りコーナーで歴史について色々と語り合いましょう、というサークルがあり、これだ!と思って入会希望の手紙を出した。折り返し主催者のKなる人物から手紙が来たのだが、そこにはやけに詳しい自己紹介と「今のところ、女性会員はあなたひとりです。女性が入ってくれて嬉しい」と言うようなことが書いてあった。書き方が最初からやけに馴れ馴れしい。が、手紙を書き慣れていない人かも知れないと思って、簡単な自己紹介を書いて返信した。すると、またすぐに手紙がきて、今度都内で集まりを持つので参加しませんか、と言ってきた。更に馴れ馴れしい態度なのである。
子供がいるから、無理です。とそっけない返事を出した。すると、しばらくして紅一点のあなたがこられなくて残念でした、と いう返事がきたのだが、肝心の会合の話(歴史について)の内容などにはまったく触れていない。ただ酒を飲んでわいわい騒いだ程度のことしか判らなかった。このKというヒト、40過ぎの独身男だったのだが、これは私の偏見かも知れないが敢えて言わせて頂くと、女と知り合うチャンスを常に狙っている様子。まあ、子持ちのオバサンまで狙っていたかはともかくとして。
私はマジメに歴史についての話がしたくて入会を希望したのに最初の入会案内に「歴史をサカナにわいわい楽しんじゃいましょ〜という主旨で始めました〜」と書いてあるだけでは、何のことやらワカランではないか!!(大体、いい年した男の書くことか)
それきり私は返事を出さなかった。あぁ、イヤなことを思い出してしまった。今だから話せる恥ずかしい過去のような話である。もっとも、こういう話が私の人生の大半を占めているのだが…
しかし、こんな事をしているワタシはやはりオタッキーな部類に入るのだろうか・・・
変人と呼ばれて久しい私だが、自分のどこがそれほど変わっているのかまったく、わからん。誰か教えてくれないものかと思う。


6月21(月) ハハゴコロ

タロにチユーしようとすると逃げられてしまうと友達に言ったら、もう6年生なんだからそんな事はするわけない、と言われてしまった。そうか、男の子はそのくらいになると、母とチューなどしなくなるのか・・・でも、人前では嫌がるけど、もしかしたらふたりきりの時ならさせてくれるかも知れない、と思って夕方タロが子供部屋で明日の学校の支度をしているところへ行って、そっと近づいて行った。何やら不穏な空気?を察したのか、タロがさっと振り向いた。
「な、何?なんか用?」そう聞かれると、言いづらい。が、
「うん?チユーしに来たの」と言ってみた。くそ、本当は背後からいきなり襲ってやろうと思っていたのに…オイオイ。案の定「やめてよ〜」と、逃げられた。ちょっと寂しいハハであった。

夕食を食べている時、タロが明日はバスケット大会だと言うので、それじゃ力をつける為にと私のハンバーグを一切れあげると、
「嬉しいけど、なんか悪いな〜」と遠慮するので
「お母さんはもう年寄りだから、そんなにたくさん食べなくて大丈夫なのよ」と言うと、
「いや、どう見ても30代後半にしか見えないよ」と、タロ。
お〜い!私は正真正銘、30代後半だっちゅ〜の。お世辞のつもりなのか〜。わびしいハハであった。

さっき、タロが寝る前の歯磨きをしているところを襲ってチューしてやった。うへへへ・・・とタロは笑っていた。なんだ、やっぱり嬉しいんじゃないか、と思った。こんなハハであった。


6月19(土) 大逆転

今日はPTAの委員会が午前、午後とニ度もあって忙しかった。あいにくの雨だったが学校まで歩くと腰にひびくので自転車で行った。朝は小雨だったので傘を差して何とか行かれた。私は自転車の片手運転が出来るようになったのは最近なので、曲がり角に差し掛かるといちいち自転車から降りたりするので時間がかかる。昼過ぎに1回目の委員会が終った。
外へ出てみると雨脚が強くなっている。が、仕方ないので傘を差して自転車に乗った。ところが雨が強いので、傘をさしていても雨が顔に掛かってくる。メガネを掛けているので前が見えにくい。歩くのと大差ない速度で、えっちらおっちら帰ってきた。曲がり角でコケそうになり、慌てていたので傘のホネ(布を留めている処)が鼻の穴に入りそうになったりして、危ないところだった。午後も雨は降り続いていたので、今度はバザーで買った男物のゴムガッパを着て自転車に乗った。もう恥も外聞もあったものではない。

話は変わるが、私は五人兄弟なのだが私以外は皆、背が高い。兄は180センチ以上。上の姉は私と大して変わらないが少しだけ大きい。下の姉は165センチくらいある。157センチの私は妹にもかなり追い越されている。
夕食後、テレビを見ているとCMに出てきた女性を見てジロが言った。
「ママの妹に似ているね、この人。なんて言う名前だっけ?ママの妹」
「ああ、ちーちゃんよ」私が何気なく妹の幼い頃のあだ名を言うと
「どうして、ちーちゃんなの?」とジロ。妹の名前に「ち」の字はつかない。
「それはね、小さかったからよ。ママの妹だから」と言うと、
「だけど、今はママの方がずいぶん、小さくなっちゃったんだね」と言われた。…妹は170センチ以上あるのだ。
先日妹と会った時にも妹を見上げて話をしていた。相手に見下ろされると、必要以上に自分が小さく感じられる。妹と私では世界がまるで違って見えるのではないだろうか。
中学くらいから身長が追い越された私には姉としての威厳などまるでない。妹に姉扱いされるのは、頼み事が出来た時くらいである。


6月18(金) ふたつのハートを持つ女

私は性格がへそ曲がりで人と同じことをするのが嫌いなのだが、どうもからだの方も持ち主と同じ性格?のようだ。首の骨がまっすぐに付いている話は昨日書いた通りだが、もう一ヵ所人とは違ったところがある。まあ、顔も指紋もみんな違うのだけど、内臓のある部分がちょっと変わった形をしていると言った方がいいだろう。
そのことを知ったのは30過ぎてからなのだが、小学生の時に検査をして判っていたのを、親が私に隠していたのだ。母は姉たちにそのことを私に言ってはいけないと言ったそうだ。私がショックを受けるといけないから、と言ったらしい。と言う話を盛岡に住む姉と電話で話している時に何かの拍子に聞いたのだが、30数年間その事実を知らなかった事の方が驚きだったが、別にショックを受けたりはしなかった。もっと早く言ってくれたら友達に自慢したのにぃ、と思ったくらいだ。
そのヒミツと言うのは、そもそも私は子供の頃からよく腹痛を起こしていた。あまりしょっちゅう痛がるのである時母に病院へ連れて行かれた。そして検査をする事になり、バリウムを飲んだ。当時はストロベリー味やバナナ味などないので、バニラシェイク(シェイクなどと言うものもない時代だが)みたいなどろっとしたのを飲まされた。そして、検査の結果が出たのだが、私は肝心の結果はあまり良く覚えていない。ただ、異常はないが消化が悪い体(胃)だ、という風なことを言われたような気がする。その時にレントゲン写真を見た母は、ショックを受けたようなのだ。私の胃の形は普通の形ではなかったらしい。
私の胃はハート形をしていたそうだ。いや、たぶん私も見たはずなのだが、思い出せない。母が姉たちにこの事は秘密にするよう言ったという事は見ていないのだろうか…
ただ、それだけのことなのだ。うちの母も結構、神経質な人である。しかし、私は心臓のほかにもうひとつハートを持っていることになる。なんだか嬉しいような気がするのだが・・・